それは、少しだけ昔の話
著者:高良あくあ


 俺――泉悠真が強引な勧誘より科学研究部に入部させられて、一週間が経とうとしている。

 俺は部室へと続く廊下を歩きながら、部長――二年生で、つまり俺の先輩である躑躅森夏音をどうやって説得するか考えていた。説得の内容は……まぁ、割と簡単に想像出来るだろう。

 部室の扉を開けると、中から叫び声が飛んでくる。

「遅いわよ、悠真!」

「……退部させてくださ――」

「却下」

 これである。
 まぁ、これは断られると分かっていて言っているのだが。毎日言っていればそのうち考えを変えてくれるのではないかという、僅かな希望からの言動である。

 俺は嘆息しつつ、言い返す。

「どうして無理なんですか。強引に入部させられたんですから、いつ抜けても文句は言われないはずです」

「まぁ、間違ってはいないわね」

「だったら……」

 部長を睨みつける。
 ……入部してからというもの、この先輩はどうも好きになれない。
 異性としてどころか、友人や先輩としての『好き』すらそこには無く……むしろ、その逆の感情すらあった。

「それに多分、悠真が抜けてもうちの部に限って廃部にはならないでしょうね」

「どういう意味かは知りませんけど、それなら俺がいてもいなくても同じでしょう」

「そうね、でも退部は駄目。ほら、さっさと準備しなさい。実験始めるわよ」

 結論は、昨日までと変わらなかった。

 俺は不機嫌な表情を隠そうとすらせずに鞄を置き、ついでに呟く。

「……結局、自分さえ良ければ他人のことなんかどうでも良いんですね、部長は。退部させてくれないどころか、その理由すら話してくれない。それなのに、人をこき使ったり、実験台にしたり、偉そうに振舞ったり。……最低だ」

 その言葉が聞こえたのか、部長が突然動きを止める。そして彼女は、手に持っていた器具を乱暴に片付け始めた。

「部長?」

「予定変更。今日は部活無し」

 手際良く器具を片付け、乱暴な手つきのままで鞄を引っ掴み、部長は俺を睨む。

「一緒に来なさい」

「……はい?」

「家まで送れって言っているのよ」

「俺の家、貴女の家とは反対方向なんですが」

「お・く・り・な・さ・い」

 睨んでくる部長に対し、俺は嘆息で返した。

 ***

 互いに無言で歩く。
 心地良い沈黙、というのもあるのだろうが、これは確実にその逆だった。

 前を歩く部長を見る。
 ……そういえば、この先輩とは一週間近く一緒にいるが、本気で怒らせたのは初めてだ。いや、今も怒っているのかどうかは分からないけど……とりあえず、こういう状況は初めてだった。俺が何を言おうと、部長は普段の態度を崩そうとはしなかった。

 まぁ、良く考えれば、初めてあったときはかなり驚いていたが。……何だったんだろう、あれは。

 しかし……さっきの俺の言葉のどこに、部長を怒らせるスイッチがあったんだ? 似たようなことなら、一週間毎日のように言っていた気がする。いや、流石にあそこまでストレートに言ったのは初めてだけどさ。だからか?

「……部長」

「何よ」

「すみませんでした」

 それを聞き、部長は驚いたように目を見開く。

「熱でもあるんじゃないの? 悠真」

「いえ……確かに部長のことは苦手ですし今すぐにでも退部したいですけど、部長を怒らせるようなことを言ったかもしれないのは事実ですから」

「その割には反省の色が感じられないわね。言動的に」

 俺を睨んでくる部長。けど、いくらかいつもの彼女に戻ったように思えた。

 再び歩き始める。

「結構遠いんですね、部長の家」

「え? ああ、そうね。割と距離あるかも」

「危険じゃないですか? 部長も一応女子ですし」

「一応、っていうのが気になるけど……別に平気よ」

 そういう部長の手には、いつの間に取り出したのか、毒々しい色の液体が入った瓶が。

「ああ、心配するだけ無駄でしたね」

「何か引っ掛かるけど、そうね」

 再び沈黙。今度は部長が、それを破る。

「……悠真、本気で思っているの? 私が、自分さえ良ければ他人のことなんかどうでも良いと思っている、最低な人間だって」

「それは……すみません」

「別に謝れって言っているんじゃないわよ。実際……最低って言われても、否定は出来ないでしょうしね、私」

 苦笑する部長。あんなことを言ってしまった自分に罪悪感が沸き、言い訳をするかのように呟く。

「部長が悪いんですよ。退部出来ない理由さえ話してくれれば……多少理不尽なのは、俺だって我慢します」

「その理由が希薄だから、自分が最低なのを否定出来ないのよね。……そうね、あえて言うなら」

 部長が俺の方を振り返る。

「高校生活って、意外と短いのよ? 三年しか無いんだから。その間、勉強以外に打ち込めるものが無いって言うのも……一概に悪いとは言えないけど、何か渇いた感じがするじゃない? 空っぽ、っていうか。折角高校生なんだから、部活か何かやっていた方が楽しいわよ。例えそれが、うちの部みたいな適当な部活でも……ね」

 ……正論だった。確かに理由としては希薄だけど、言い返すことが出来ない。

 中学時代は色々とあったので、帰宅部でも十分濃い……と言うか濃すぎる生活が送れた。
 けど、高校では……部長に勧誘されずに帰宅部を選んでいたら、俺はきっと変わることの無い毎日を送ることになっていただろう。

 部長が笑う。

「他にも理由はあるんだけどね……でも、まぁ、あまり無理強いしても駄目よね。私も悪かったわよ、この一週間。退部したいならしても良いわ。もう止めたりしないから」

「……部長」

「と、家着いちゃったわね。一応礼は言っておくわ、送ってくれてありがと。じゃあね、悠真」

 一方的にそれだけを言うと、部長は俺の返事も聞かずに家の中へと入っていってしまった。


 ……恐らく。
 俺の、部長への評価が反転したのは、その時からだろう。


 ***

 次の日。
 退部して良いと言われたにも関わらず……放課後、俺の足は自然と部室の方へと向かっていた。

 ノック無しで、扉を開ける。

「悠真っ!?」

 部長が叫ぶ。こんな驚いた表情は、初対面の時以来だ。

「どうしたのよ!? 昨日言ったわよね、退部しても良いって」

「まるで俺に退部して欲しかったみたいな言い方ですね」

「そ、そういうことじゃないけど」

 言葉に詰まる部長に向かって、俺は頭を下げる。

「部長。すみませんでした、今まで」

「……とりあえず、ちゃんと説明してもらいましょうか」

 その言葉を聞き、俺は頭を上げる。

「退部はしません。昨日の話聞いて……何か俺、部長のことを誤解していたなって。思っていたより、ずっと良い人なんですね」

「なっ」

 赤面する部長。今は無視して、話を続ける。 

「この部にいれば、まだ部長の良いところ、知れる気がするんです。それに、高校生活も楽しくなりそうですし……ね」

「……初めてみたわね。悠真が笑っているの」

「え?」

 部長の言葉を聞いて、気付く。……俺は、確かに笑っていた。

「初めて、でしたっけ」

「そうよ! まったく悠真ってば、部室じゃいつも不機嫌そうな顔なんだから!」

「それは部長が……」

「煩いわね! ほら、早く準備しなさい!」

「はいはい」

 苦笑する。昨日まではこれが嘆息だったことを考えると、随分と進歩したものだ。

「それと、明後日は日曜日よね。悠真の奢りで遊び倒すわよ」

「何で俺の奢りですか!?」

「それくらい自分で考えなさい馬鹿っ!」

 ……打ち解けた途端に、これまで以上に傍若無人というか。
 でも、昨日までなら猛反発しているようなことを言われたのに、何故か反発する気は起きなかった。諦めた、とも言うかもしれないけど、きっと理由はもっと別なところにあって。

 いつの間にか……部長の存在は、俺にとって特別なものになっていたのだった。


 ――この部にもう一人部員が加わるのは、二ヶ月ほど後のことになる。



             
〜『彩桜学園物語「科学研究部日誌」 依頼1−1.始まり』へ続く〜






あとがき

 さて、シャウナさんを真似て、珍しくあとがき的なものを付けてみる高良あくあです。
 そんなわけで、『彩桜』の短編でした。

 突然こんなものを書いた理由は、『R.N.C』の新メンバーである榊原紫騎さんにあったりします。
 というのも、『R.N.C』に紫騎さんを勧誘したのは、他ならぬ私でして。それはもうしつこく加入していたのです。
 で、いつの間にか『部長ファンである紫騎さんが部長の絵を描いて「ルーラーの館」に投稿してくれたら、お礼に部長メインで甘めの短編を書く』という話になりまして。

 紫騎さんは約束通りとても可愛い部長のイラストを書いて見事に『R.N.C』の仲間入りを果たしたため、私も頑張りました。部長、目立っています。……甘いかどうかはともかく。

 部長メインということは、後から出てきたのに部長よりヒロインらしくて読者さんからの人気も高い紗綾は邪魔者なわけです(注:作者は紗綾が嫌いなわけではありません)
 邪魔者はいないのが一番なわけでして、それならまだ紗綾がいない、悠真が入部した直後の話ならどうだろう? と考え……

 結果、割と本編に関わってきそうな話になってしまいました。

 が、部長が悠真を勧誘した真の理由は他にあったりします。
 まぁ、そこら辺は本編でその話が出てきた時に、ブログで解説することにしましょう。
 悠真の中学時代についても以下同文です。

 ちなみに、私は『彩桜』を書く際は一度ワードに下書きし、それをメモ帳に写すと同時に推敲するという形を取っています。他の小説を書く際もそうなのですが、一度書いた物は殆ど見直さないのですよ、私。
 今回も例外ではないのですが……

 ……流石に、構想から下書きを書き終えるまで、全て一日でやったのは初めてでした。
 メモ帳に写す際にかなり直したため、実際書き上げるまでにかかった時間はそれ以上ですが。

 そんなわけで少し急ぎ足の短編ではありましたが、少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。


 ついでにこの場を借りて、紫騎さんに、紫騎さんとほぼ同時にとても可愛い紗綾のイラストを書いてくださった風花藍流さんに、『彩桜』によくうちのキャラ達を出してくださるシャウナさんに、『彩桜』を書く場を提供してくださっているルーラーさんに、そして私の書く小説を読んでくださっている皆さんに感謝を。いつもありがとうございます!

 ……妙に照れますね、改めてこういうことを書くのは。と言うか、この長さがあれば、十分ブログのネタになったのでは……


 さて、そういうわけで、長かったあとがきもこれにて終了です。

 次は本編の続きで会えることを祈って。

 では。



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